アンネのバラ

この写真はアンネの日記を書かれたアンネ・フランクの形見「アンネのバラ」。

3年前の秋にオランダ村へ心ある方から鉢植えが贈られました。

そのバラは長崎オランダ村 花の街づくりチームのメンバーが大切にオランダ村の花壇に植え替えて育てております。

アンネフランクは13才の誕生日に父親から日記帳をプレゼントされます。

ナチスドイツのユダヤ人への迫害を逃れるためにアンネ一家はオランダのアムステルダムの友人宅に隠れます。

1942年6月12日からアンネはアムステルダムの小さな隠れ家で日記を書き始めます。

「親愛なるキティーへ」と日記に語りかける様に日記は始まります。

日記は潜伏して2年、1944年の8月1日まで続きます。

最後の日記には「なおも模索しつづけるのです、わたしがこれほどまでにかくありたいと願っている、そういう人間にはどうしたらなれるのかを。きっとそうなれるはずなんです。」と書き綴られました。

その3日後にアンネは家族と共にナチスに捕らえられます。そして半年後に僅か15年のせつない人生を閉じます。

アンネの家族で父親のオットーのみが収容所から生還いたします。

父のオットーはアンネの日記を出版します。

世界中の人がアンネの日記を通じて愛と平和を願います。

そして、1959年バラの愛好家より様々な色を魅せるバラを父親に贈られます。

もし生きていたなら、このバラの様に様々な可能性をアンネは見せてくれただろうにと父親はバラを大切に育てます。

1971年、京都の合唱団がヨーロッパを訪れた時に

たまたま、アンネの父親に出会います。

そして、アンネの父親からバラの苗を贈られるのです。

京都で花開いたアンネのバラは教会を通じて世界に広がります。

ユダヤ教とキリスト教の壁はアンネのバラを通じて愛と平和へ昇華されました。

その愛と平和の祈りが込められたバラが人から人へ手渡されて、日本で唯一オランダの街並みを背景に咲いております。

来年の6月12日に愛と平和をテーマにアンネのバラ祭りをしたいと考えております。

今年の秋にアンネのバラが咲く頃にプレイベントもしたいと考えております。

アイディアや企画を募集いたします。

ぜひ、メールでorandamura@outlook.jp

まで、よろしくお願い申し上げます。

最後に

なんと素晴らしいことでしょう!

世界をよくすることを始めるのに

誰も一瞬ですら

待つ必要なんてないんです。

アンネ・フランク